絵志野湯呑 ( 一対) A pair of Yunomi, E-shino
岡部 嶺男/ MINEO OKABE
32歳頃(1951年)、向付にヒントを得て碁笥底の筒湯呑の制作を始められた。
底にヘラを当てて切り込んでから糸切りした高台はスッキリと小気味良い顔。
若い頃から轆轤の名手と言われた先生ですが、こんな小品の高台裏まで、ヘラの角度や方向、作用までも思念しながら、全神経をそこに集中させた。
後年、唐九郎先生が、この手の湯呑や織部の角皿などをご覧になって、「食器にもこれだけの神経を使えば、 命がいくつあっても足らんやろうに……」と言われたそうだ。
信楽土と志野の藻草土を混ぜて作った本作品は、スッキリとした見た目でありながら、温かく柔らか。
志野釉の下に感じる轆轤目、釉下に所々覗く土は緋色を見せ、鉄釉は同じようなリズムと強弱で筆を置いて描かれている。
音楽がお好きだった嶺男先生には『陶器は火と土の音楽』『目で見る音楽』など、数々の音楽とやきものを絡めた名言を残している。これらは嶺男先生ならではの織部のl字鉋による躍動感あふれる作品や、幾重にも重なる花弁のような深い青瓷の貫入などに対しての言葉に感じるが、本作品のような静かな作品にも、嶺男先生の確かなリズムが刻まれていることが分かる。
底にヘラを当てて切り込んでから糸切りした高台はスッキリと小気味良い顔。
若い頃から轆轤の名手と言われた先生ですが、こんな小品の高台裏まで、ヘラの角度や方向、作用までも思念しながら、全神経をそこに集中させた。
後年、唐九郎先生が、この手の湯呑や織部の角皿などをご覧になって、「食器にもこれだけの神経を使えば、 命がいくつあっても足らんやろうに……」と言われたそうだ。
信楽土と志野の藻草土を混ぜて作った本作品は、スッキリとした見た目でありながら、温かく柔らか。
志野釉の下に感じる轆轤目、釉下に所々覗く土は緋色を見せ、鉄釉は同じようなリズムと強弱で筆を置いて描かれている。
音楽がお好きだった嶺男先生には『陶器は火と土の音楽』『目で見る音楽』など、数々の音楽とやきものを絡めた名言を残している。これらは嶺男先生ならではの織部のl字鉋による躍動感あふれる作品や、幾重にも重なる花弁のような深い青瓷の貫入などに対しての言葉に感じるが、本作品のような静かな作品にも、嶺男先生の確かなリズムが刻まれていることが分かる。
お問合せ番号 No.MO-17
共箱 / with box signed by artist
左)L) 6.2 / H9.6cm
右)R) 6.2 / H8.8cm
¥495,000-(税込/including tax)
共箱 / with box signed by artist
左)L) 6.2 / H9.6cm
右)R) 6.2 / H8.8cm
¥495,000-(税込/including tax)





















































































































